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日本人が好む画家、ゴッホを訪ねる旅

日本人は、ゴッホが好きらしい。
黒澤 明も、「」であの「アルルの橋」に入って、ゴッホと話をしたりしている。

それは、彼の儚い夢なのだろう。

階級社会のフランスでは、ピエールブリュデユーによると、中流の下が「印象派絵画」を好む階層であるそうな(ピエール・ブルデュー1930-2002)。では、何故日本人は、印象派を好み、ゴッホに興味を持つのだろうか。

義務教育における美術の授業、主要な美術館だけでなく、広島県立美術館など全国の県立美術館にも収集されているゴッ
ホの絵。私たちは、自然にゴッホを身近に感じるようになったのでしょうか。理由はわからないが、日本人はゴッホの絵のルーツを辿る。そして、絵と同じ風景を眼にして痛く感動し、それはいくつかのblogでも紹介されている。ゴッホが好きな日本人、実は私もその一人である。オルセー美術館に行けば、ゴッホの自画像の前でしばし佇み、アムステルダムに行けば、ゴッホ美術館に必ず寄って、「雲雀」を訪ねる。


ゴッホ橋


20060528074929.jpg



そのアルルの「ゴッホの橋」に行ってみました。
寺尾聡みたいに帽子を被って。車で、「→ゴッホの橋」という標識を頼りにアルルの郊外をゆくと簡単に着きます。
まあ、ただの橋なんだけど、なんだか日本のどこにでもあるような郊外の小さな川に掛かってる橋でした。朝でしたが、バス3台で日本の団体が来てて、中高年の皆さんは橋をスケッチしてる。若いカップルは記念撮影。自分が日本人だと痛切に自覚するん一瞬でした。この団体は、「セザンヌのヴィクトル山」または「ゴッホの入院していたサン=レミ=ド=プロヴァンス(Saint-Rémy-de-Provence)」へ廻るとのこと、もちろん私も全て訪問した。

教会中庭写真


教会中庭絵


St Remy de Provence郊外の教会:サン=ポール・ド・モゾル修道院は、ゴッホがアルル滞在中に「自分の意思」で入院した精神病院だそうです。ゴッホの描いた教会の中庭は、(多分)その絵に忠実に再現されています。

olivier photo


olivier picture



教会(病院)の外にはオリーブ畑があって、彼の描いたオリーブ畑そのものの風景が広がっています。この畑から見るサンレミの中世らしい街の遠景も心誘われます。

皆さんのゴッホ行脚はいかがでしょうか。
(Source from Van Gogh Museum,Amsterdam)

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21件のコメント

[C95]

いやあ、実に羨ましいです。 私もご多分に漏れずゴッホが好きで、それぞれ一度だけですが、ゴッホ美術館、オルセー美術館、ナショナル・ミュージアムなどで見て、とても幸せでした。

私の場合は、好きなのは靴、椅子、そして自画像でしょうか。 それと、印象派という認識はあまりしていないのです。 確かに印象派が好きで、すぐにモネの「睡蓮」とか、ルソーの「眠るジプシー女」などが頭に浮かびますが、私にとってはそれとゴッホはまったく別物なのです。 強いて言えば、まだニューヨーク近代美術館にあったピカソの「ゲルニカ」などに近い印象と言うか…。

理論的なことはまったくわかりませんが、もしかすると『風景』の絵が好きかどうかでそういう認識になっているのかも知れません。

ところで、中学1年の美術のクイズで、確か「落穂拾い」の作者をミラーと書いて×を貰ったことは、一生忘れられませんねえ。

[C96]

池波正太郎は、フランス映画の舞台を旅行していますし、NHKでも小説の舞台を訪ねたりしていますね。音楽の好きな人は、ショパンの生地とか、ザルツブルグへ行きますし、私はアメリカンフォークのルーツであるアイルランドでフォークを聞いて、身震いをしました。好きなものをもっと知りたいというのは、人としては健全な欲求なんでしょうね。
ゴッホは、「後期」印象派だそうですが、ご指摘のように、「物」「人」「風景」を描いていた時代が違うようですね。日本人は、その風景を好んだのかもしれません。私は、「雲雀」が好きなんですけど、「自由」という気持ちが湧いてくるんです。

中学のころは、「美術」の試験がありましたから、美術史を「覚え」ましたね。でも、今思うとそのころの知識だけなんです。おかげで、若い頃にブリュッセルの中世美術館でブリューゲルの「冬の絵」やボスの絵を見たとき、誰かと再会したような懐かしさを感じました。
百人一首もそうですが、わけも分からず覚えるのも、悪くはないものだと感じます。

[C97]

これまたご多分に漏れず、「ディア・ハンター」や「マンハッタン」の撮影地を探しに行ったり、「シャイニング」のホテルに使われたロッジに泊まったり、「シンドラーのリスト」で収容所の撮影に使われたクラコフ郊外の採石場へ行ったりしたことがあります。 いま狙っているのは、娘と行くRENTの旅です。

音楽で身震いしたのは、ビル・エヴァンスを目の前で聴いたとき、それからU.K.(Jobson-Wetton-Holdsworth-Bruford)を聴いたときでしょうか。 1969-1974のKing Crimson命だったのですが、第二期King Crimsonにはそこまで入れ込めなかったので、1978年の時点ではU.K.がベストでした。

話がそれました。 私の場合は文字で頭に入れる、つまり他人の言葉を通して理解するのが苦手なので、自分で見る、自分で聴くになります。 やはり実物が見たい、生で聴きたいであることは間違いありませんが…。

[C98]

「シャイニング」のホテルに使われたロッジに泊まったりされたとは、私には到底できそうにありません。あの子役、ちゃんと大人になったんでしょうかね、あんな怖い映画の主役して。
ビルエヴァンスは、いつごろ、どこで聞いたんですか?何を弾いたんでしょうねえ。
あれ、御題からはずれてますね。
そうそう、何事も自分の目と耳で確かめる、これですね。
ありがとうございます。

[C99]

映画「シャイニング」は原作と随分違う印象だったのですが、スティーヴン・キングはキューブリックの撮り方が気に入らなくて、別の映画を自分で監修してます。 原作はホラーというよりも「父親の愛?」と「建物に憑いたモノ」との戦いみたいな感じでした。 外観が撮影されたのはコロラドではなく、オレゴン州のMt.HoodのState Lodgeです。 残念ながら中身は全く別物でしたし、迷路もありませんでした。 Mt.Hoodは夏スキーのメッカで、ナショナル・チームが練習したりするところです。 ちなみにスティーヴン・キングでは「ショーシャンクの空に」「キャリー」「スタンドバイミー」「デッドゾーン」辺りが好きです。

ビル・エヴァンスを聴いたのは多分1978年の夏、ヴィレッジ・ヴァンガードでした。 マイルス・デイビス、スタン・ゲッツ、MJQ、アート・ペッパーなんかも聴いてます。

フランス映画はあまり観ていないのですが、アテネ・フランセか何かで、ゴダールを続けて観たことがあります。 また「DIVA」と「青いパパイヤの香り」は大好きな映画です。 DIVAのトラクシオン・アヴォンの改造車は憧れの車です。 「青いパパイヤ」は、全部セットと聞いて愕然としました。

そうそう、最近レンタルで「みんな誰かの愛しい人」(COMME UNE IMAGE )を観ました。 私は結構好きです。 笑えました。

お話したかどうかわかりませんが、アメリカでルノー17ゴルディーニという車に乗っており、日本でも中古のシトロエンのBXを2台乗り継ぎました。 またレンジローヴァーを設計したスペン・キングはシトロエンDSの信奉者で、彼がレンジローヴァーの前に設計したローヴァーのサルーンP6はアグリー・シトロエンとかソリハル(ランドローヴァーの工場がある場所)・シトロエンとか呼ばれたようです。 レンジローヴァーの長くて柔らかいコイルで悪路を走破するというアイディアの元は、シトロエンDSだったのです。

[C100]

私は広島在住で、広島のウッドワン美術館(旧住建美術館)の館長がゴッホの「農婦」を6600万で落札したのは、本当にビックリでした!これなら、いつでも見られる〜と高をくくっていた私でしたが、当美術館では、ほんの一時だけで、後は貸し出し状態で、いつ戻ってくるのか・・・・残念ながら、ゴッホの「農婦」まだ見ぬ私です。
  • 2006-05-30
  • xxmama
  • URL
  • 編集

[C103]

xxmamaさん、こんにちわ。 「農婦」って、2003年2月に日本にあったのが見つかったんですね。 全く知りませんでした。 ホント、ビックリです。 ゴッホが伝道師だったということも知りませんでした。 勉強になりました。

[C104] mamaさん

広島の方だったんですね。6600万円って、安いのか高いのかわかりませんが、早く鑑賞できるといいですね。その間は、県立美術館へどうぞ。

[C105] 金栗

1978年に米国を旅行されたんですか、それともご滞在中だったんでしょうか。ミュージシャンとアスリートの美は、その時に巡り合う幸運と、それだけの贅沢さ、希少価値いうのはありますね。ゴッホの絵は、今でも楽しめますが。

シャイニングの裏話、知りませんでした、ありがとうございます。

[C108]

その頃、不良遊学生でした。 オクラホマ⇒フロリダ⇒フィラデルフィア。 オクラホマではU.K.、フロリダではパット・メセニー・グループ、ロイ・ブキャナン、アート・ペッパーなんかが印象に残っています。

一時、Stephen Kingばかり読んでいました。 John Grishamばかりという時期も。 映画では「依頼人」「評決のとき」なんかが好きです。 ティム・ロビンス(「ショーシャンクの空に」など)とスーザン・サランドン(「テルマ&ルイーズ」「依頼人」など)のファンだったりして…。

[C110] 不良遊学生

John Grishamばかりという時期,私にもありましたね。
パット・メセニーは、80年代前半に聞いていました。
ギターですからね、なんといっても。最近どうなんでしょうか。

[C112] ギタリスト

パット・メセニー・グループ、相変わらずのスタイルでやっているのではないでしょうか。 実は1977年に初めてアメリカに行ったとき、最初に買ったLPがパット・メセニーでした。 ECMから出ていたWatercolorsです。 中学のサイトにレコード棚の写真をアップしたことがありますが、あの中の4枚までがパット・メセニーのLPのジャケットでした。 最上段真ん中がWatercolorsです。

それからロイ・ブキャナンの「メシア再び」という曲には相当思い入れがありました。 Jeff BeckのにBlow by BlowというLPに入っているCause We've Ended As Loversという名曲がありますが、ある日ジャケットを見ていたら、その曲がDedicated to Roy Buchananになっているのに気づいたのです。 慌ててレコード屋に走って行きました。 Jeff Beckはロイ・ブキャナンのスタイルでCause We've Ended As Loversを弾いていたのでした。

ジョニー・ミッチェルのビデオで、Pat MethenyやJaco Pastoriusがバックをやっているのがあります。 あれでGoodbye Pork Pie Hatなんぞ聴こうものなら、涙が出そうになります。

[C114] ジョニー・ミッチェル

ジョニー・ミッチェルといえば、60年代に武満徹がまだ無名のころの彼女の演奏を小さなキャフェかなんかで聴いていて、演奏が終わると彼女が、武満のところにきて、私はあなたのファンだ、と言ったというエピソードがあります。小室等の武満徹へのトリビュートアルバム「時間のパスポート」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005G5DM/249-1354203-8241918
のLNにあったエピソードです。
98年ごろ、アメリカのレコード店で、ジョンバエズなんかを手に入れたかな。コメントありがとうございます。

[C116]

面白いエピソード、ありがとうございました。 最近、Yo-Yo Ma等のLive "Appalachian Journey"のDVDを買ったのですが、何とJames Taylorが出てました。 それから、The Best of Sessions at West 54thのDVDには、懐かしのRickie Lee Jonesが…。 デビュー・アルバムは1曲目の”Chuck E's In Love”から強烈なインパクトがありました。 Joan Baezは1967年の名古屋公演に行っています。 後から自伝を読んだら「司会の高崎一郎がCIAを名乗る男に脅されていて、Joan Baezが言ったことを訳さなかった」という話が出てきて、笑えました。

[C117] Joan Baez

Joan Baez、今そういう話があったということを思い出しましたが、あれ本当だったんですか?そういう時代ではありましたけど、CIAは関係ないですよね。彼女は、今もいい声で歌ってます。
James Taylorは、ギター弾いてるんですか、どんなギターかな。なにか、60年代blogみたいになってきましたね。

[C118]

こんな便利なサイトがあったので、当時、すぐに表面化していたことがわかりました。 

http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1967.html

私が知ったのは20年以上後のことでした。

それから、James Taylorが持っているギターが何か、マークを頼りに探してみたのですが、多分、ジェイムス・オルソン作のジェイムス・テイラー・シグネイチャー・モデルです。 三木楽器通販サイトにありましたが、売れてました。 ちなみに、歌ったのは"Hard Times Come Again No More"でした。

[C119] 60年代カテゴリー

ゴッホの話から60年代に来てしまいましたね。60年代文化、とくにサブカルチャーと呼ばれる部分は、今も興味をそそられます。
実は、ギターを弾けば60年代アメリカン フォークという私ですので、いずれ60年代カテゴリーというのも作りましょうか。興味深いお話をありがとうございました。

[C120]

MOIさん、こんにちわ。
楽しく記事を拝見させていただきました。
アルルの跳ね橋、よくすぐに見つかりましたね。私は全然分からなくて道を行ったり戻ったりしていました。
それもなつかしい思い出です。
そんな思い出をこの記事が呼び起こしてくれました。
改めてありがとうございます。
  • 2006-06-04
  • サンカンタンの達人
  • URL
  • 編集

[C121] サンカンタンの達人さん

サンカンタンの達人さんもやっぱり行かれましたか。日本人ですねえ(笑)。私は、サンカンタンの達人さんが記事にされた、あの教会には行っていなのですが、是非行きたいと願っています。
アルルの街から橋へのアクセスは、横道に入ってから少し複雑でしたね。
アルルでは、その橋の絵のTシャツも買ってしまいましたよ。
またよろしくお願いします。

[C126] 60年代

1967年サイトを覗いてみました。
♪森トンカツ、泉ニンニク、かコンニャク、まれテンプラ♪
私もよく歌っていました。
変ですね〜??生まれてもないのに??
流行語もなんだか凄いですね(シンナー遊びって・・・^^;)
60年代面白そう、MOIさん、がんばって!!

[C129] moonさんへ

あれ金栗さんのご紹介サイトですね、moonさんはまだ生まれていないなんて。60年代カテゴリーと考えたんですけど、メンタリテイそのものが60年代なんで、いいかなとも思いますけど。コメントありがとうございました。

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