1966年の6月のある日曜日、14歳の私は親友のIが住む郊外に向って、都心から一人バスに乗った。
小雨の中、バスが河を越えると、田植えの後の瑞々しい風景が広がっていた。
乗客は疎らで、私の目の前には同じ年頃の少女が制服を着て、きちんと座っていた。ショートカットの陽に焼けた健康そうな顔立ちから、好きなクラスの女の子を思い浮かべていた。
何某新田という名前のバス停に、Iは笑顔で迎えてくれた。同じ背丈で、少し前髪を垂らした眼鏡のよく似合う白い顔、その髪をかきあげる左手は曲がったまま伸びない。エドガー・ライス・バローズ
「火星シリーズ」を読んでいて、自分でもSFを創作する、少し早熟な少年だった。
田圃の中にある新築のアパートが、最近引っ越してきた彼の家で、お母さんと二人暮らしだった。雨の上がった明るい部屋で、小さなターンテーブルで彼が回してくれた曲は
、「グッド・バイブレーション」。ビーチボーイズというグループも知らなかった私は、繊細なハーモニーと。途中でテンポの変わる少し大人っぽい曲を何度も聞いた。
村上春樹がビーチボーイズを初めて聞いたのは、1963年彼が14歳の時、「サーフィンUSA」だったという。その時受けた衝撃の理由を、「
僕がずっと聴きたいと思っていたけど、それがどんなかたちをしたものなのか、どんな感触を持ったものなのか、具体的に思い描くことができなかったとくべつなサウンドを、その曲はこともなげにそこに出現させていたからだ。」と述べている(
意味がなければスイングはない)。そうそう、まさにそういう感じだった。
グッド・バイブレーションの作詞・作曲の共作者の一人、
ブライアン・ウイルソンについて「意味がなければスイングはない」に書かれているようなストーリーを何も知らなかった私は、村上春樹のブライアンに対する深い共感と尊敬に満ちた文章を読みながら、あの少年時代の大事な一日と、大人になってから会うこともなくなった、Iを思い出すことになった。
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