アントニオ カルロス ジョビンは、60年代にリオデジャネイロでボサノバが生まれた時の中心にいた。
リオ空港には彼の名前が冠せられている。
いったい、リオ以外に世界のどこの都市に、ポプラーミュージックやジャズのアーテイストついた名前の空港があるだろうか。
トム ジョビンの作品の多くは、スタンダードとして楽しまれているが、特に
「WAVE」と「イパネマの娘」は誰もが聞けば、あーこれかとうなづけるほどポピュラーだ。
どちらの曲も、60年代のリオがまだ「楽園」だったころの雰囲気を伝えている。
輝く陽光の海岸通を舞台に、気になる女の娘を描いてわかりやすい「イパネマの娘」に対して、「WAVE」の詞は大人の二人の愛の深さを哲学的に表現している。
「WAVE」のサワリのメロデイは有名だが、歌詞はちょっと難解だ。
Da primeira vez era a cidade
Da segunda o cais a eternidade初めての時は、都会で
2回目は桟橋、永遠(私のかってな直訳)
都会と桟橋のシュールな組み合わせや、桟橋と永遠という繋がりがおもしろい。
キスをした場所なのだろうか。
Nara Leao(ナラ レオン)の歌声はその答えを教えてくれるかもしれない。
桟橋は、永遠の海に向って健気に伸びていって途絶えている。
桟橋のある風景は、妙に心が落ち着くから不思議だ。
いつもゆくプールにも、プールサイドから海へ白塗りの木の桟橋が伸びている。
その向こうに静かな海があって、その海を遠く泳ぐ人がいる。
98年、冬のポーランドへでかけた。
ワルシャワから北へ汽車で向かい、グダンスクを通過して辿りついた小さな街は、
ソポトで、北海に面している。
10分も立っていると、厚いブーツの底でも足の裏がジーンと痺れてくる真冬のワルシャワに比べて、北の街ソポトは穏やかだった。大学都市らしく若い人が多い。琥珀が名物だ。
そのソポトの海に長い、
長い木の桟橋がある(「
バルト3国とロシアその他旅行記」というHPに写真がある。)
写真は夏だろうか、活気のある季節に比べて、冬の桟橋は訪れる人も疎らで、ひっそりと北の海に向っていた。
初めての時は、都会で
2回目は桟橋、永遠
ポーランドに行っても、アフリカにいても、その意味はやっぱりわからない。
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ボサノバの曲、ご紹介頂いた以外では、”A Felicidade”が堪らなく好きです。 "Wave"はKenny DrewとN.H.O. Pedersenの演奏しているものが気に入っていたりします。
NHK教育で「イパネマの娘」をやったときのビデオがありますが、ボサノバ誕生の歴史、もう涙モノです。 アメリカ・デビューの失敗、ジョアン・ジルベルトの失意の日々…。 その点、故アントニオ・カルロス・ジョビンは日の当たった人と言えるかも知れません。 日比谷で野外コンサートをやったときに聴いたことがあります。