最近、村上春樹の短編「中国行きのスロウ・ボート」読み進む内、確かに以前読んだという気持ちになっていた。
文庫の末尾にある発表誌一覧を見て、思い当たった、「海」80年4月とある。
そういえば、「海」という文芸誌を70年頃から80年にかけて読んでいた。
10代から20代にかけての頃である。
「
苔花堂古本目録に文芸雑誌 海(中央公論社)」を見ると、あの頃「海」という雑誌を通じて、どういう作家に興味を持っていたか思い出すことができる。
創刊は1969年で、その4巻には H・E・ノサック、芥川比呂志、中野孝次、吉増剛造、いいだもも、倉橋由美子、大原富枝、井伏鱒二、青木順三、森川達也、石川淳、平林たい子、湯川秀樹、司馬遼太郎、千野栄一のような名前が並ぶ。
70年の4号には、稲垣足穂、ジョルジュ・バタイユ、蓮実重彦、ゴダール、ロブ=グリエ、パゾリーニ、中井英夫、種村季弘、大武正人、スルコフ、グラーニン、堀田善衛、小田実、木村浩、天澤退二郎という錚々たる作家群。特集は、映画、批評体験としての映画 蓮実重彦「映画・この不在なるものの輝き」 天澤退二郎「映画における作品行為論」 ゴダール「映画のコミューンは可能か」 パゾリーニ「詩的言語と散文的言語」 ロブ=グリエ「シネ=ロマンからロマン=フォトへ」パンゴー「なぜ映画なのか」など、今日的にもおもしろそうだ。
「海」で紹介されたのをきっかけに、その後稲垣足穂、ギュンター・グラス、ジョルジュ・バタイユ、ロブ=グリエ、中井英夫、種村季弘、澁澤龍彦、金子光晴、埴谷雄高、加賀乙彦、天澤退二郎の作品は好んで読んだ覚えがある。そういえば、フランス語を習い初めた頃とも重なる。
辻邦生も、「海」で知ったと思う、70年の9巻には作品を発表している。「背教者ユリアヌス」だっただろうか。
ル クレジオも、この雑誌で知った。同巻にクレジオ「否定の英雄・ジャック・リゴー」がある。岩崎力は「ル・クレジオとの対話」や「クロード・モーリアックとの対話」(72年)で、−蓮実重彦は、「アルケオロジーからディナスティックへ−ミシェル・フーコーとの対話」 ドゥルーズ「新たなるアルシヴィスト−ミシェル・フーコー論」、「ロラン・バルト−言語の悲劇性とそのユートピア」(73年)、マルロー「紙の月」「奇天烈王国」(74年)など当時のフランスの知性を紹介している。
唐十郎の小説にも魅せられた思い出がある、「親戚」、「鉄仮面」が72年に発表されている。野坂昭如もまだ現役で、「1945・夏・神戸」 を7出している(72年)。
「虚無への供物」で知られる中井英夫は「岡井隆歌集」を記している(72年)。塚本邦雄と並んで、私の好む歌人だ。加藤郁乎「膣内楽・完」 吉増剛造「草花蜃気楼」(75年)も忘れがたい。富岡多恵子、金井美恵子らの詩人の小説も楽しみだった。74年には、ボルヘスも紹介された「創造者」より14編(カフカとその先駆者たち・他)。75年には、佐木隆三や池澤夏樹ら現在も親しんでいる名前もある。
80年ごろから、村上春樹、ミラン・クンデラ−が紹介されるようになるのであるが、私がフランス留学から帰国した85年頃から「海」は読まなくなったか、廃刊になったか忘れた。しかし、今思い起こすと私にとっては若き日の文学的体験の重要な場所の一つが、「海」であったと確信できた。
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